はみ出し日記

Twitterに載らない長文の意見や考えをまとめる際に利用します

ソ連出身作家が描く「民主主義の絵」

 

突然ですがこの絵をみてください。

f:id:pyroxenehillgate:20170718005140j:plain

何とも奇妙な絵ですね。

一見すると曼荼羅のように見えますが、宗教的な要素がほとんど見られません。

背景は不均質に塗られた紫色が覆い、枠の一部にはアフリカ的な文様が見られます。

中央にいる人物は平安風/写実風な2つの顔を持ち、

武骨な腕がヴァイオリンを真っ二つにしたようなオブジェを貫通しています。

さらに駄菓子のようなものを握りこちらに歩いてくる様子。

暗い場所で子どもが見たら泣き出しそうです。

 

 

 

 

 

ではもう一枚。こちらはどうでしょうか。

f:id:pyroxenehillgate:20170718005302j:plain

水面を思わせる水色の下地に蔦やハスの葉が描かれています。

少し絵画に詳しければ、

クロード・モネの連作「睡蓮」に似ていると感じるかもしれません。

でもよく見ると逆さまになった子供たちが、薄水色で描かれているのがわかります。

右下から動物を思わせる顔がじっとこちらを見ていることにも気が付くでしょう。

 

 

 

この二枚の絵はロシア出身でニューヨークで活動している芸術家、

「コマール&メラミッド」によって2003年に描かれました。

それぞれ、

「MOST UNWANTED PAINTING」、「MOST WANTED PAINTING」

という題がついています。

「最も好まれない絵」「最も好まれる絵」とはどういうことか。

 

 

 

芸術において最高のものを目指すとなるとイデア論に飛躍しそうですが、

彼らはもっと現実的な手段を取りました。

二人は大衆が参加する多数決によって絵画のあらゆる要素を決定する、つまり

アンケート調査でテーマ性や使用する色、描くモチーフなどを選び、

その結果誰もが好む絵画を生み出そうと試みたのです。

 

 

そして完成したのが最初に上げた二点の絵です。

あれらは2003年、日本でのアンケート調査の元抽出した要素を集めて二人が描いた

「最も好まれない絵」と「最も好まれる絵」だったのです。

 

※曰く"好まれる絵"には、人気であった

 「モネの絵」「青色・緑色」「やわらかい曲線」「ふぞろいな模様」「淡い色合い」

 「すっきりした絵」「子どもたち」「人に飼われた動物」「いわさきひちろ(作家)」

 などの要素を総合して描かれているようです。

 一方"好まれない絵"には、不人気だった

 「宗教的な要素」「有名人の顔」「ピカソ」「キュビズム様式」「アフリカ美術」

 そして色「金・えび茶・青緑・藤色」がコラージュされ完成したようです。

 

 

ですが自分の個人的な感想からすると、

前者はともかく後者が好きな絵とは言いづらく、「モネまがい」にしかみえません。

皆さんはどうだったでしょうか。

 

 

 

 

 

このシリーズは日本以外でも行われており、

例えば欧州諸国は、WANTED:水面に人々と木 UNWANTED:抽象画 

というかなり似たタイプの絵に仕上がっていました。

比較すると日本は両者共にかなり異色であり、そこが面白いところでもあります。

 

また全体の総意が最高の選択にはならないという、

民主主義の欠点を突きつける作品でもあります。

絵画への出力という最終的な判断を個人的な「二人の作家」が行っているという点も、

代議制民主主義を反映した皮肉と見て取れるでしょう。

 

 

 

 

ヴィタリー・コマールとアレクサンドル・メラミッドはモスクワに生まれ

美術教育を通じて社会主義リアリズムの技術を叩きこまれた後、

アメリカのポップアートに触発され、新たな作風を目指したアーティストです。

彼らはプロパガンダ芸術を揶揄した「ソッツ・アート」の旗手となり、

祖国での公的作品出品会を追放され、アパートでの展示を行っていました。

 

アメリカでマスプロダクトの揶揄として生まれたキャンベルのスープ缶を

物資不足のソ連にはスープ缶の”広告しかない”、とボロボロのスープ缶広告を制作

或いは

一人の人間でありながら大衆の憧れの的・記号と化したマリリン・モンロー

ソ連風に翻訳してスターリン

といった具合で過激且つ広範な分野の作品を生み出してきたようです。

 

 

「MOST WANTED ○○」シリーズはその一環として生み出されました。

(なおこの発想は二人が幼少期の頃活躍していた絵本作家、セルゲイ・マハルコフが手掛けた作品をモチーフにしたものでもあります。この作品の中で主人公はすべての動物から要望を聞き誰もが好む絵を描こうとしますが、完成した絵は誰からも振り向かれないというオチです)

 

”SONG”も制作されており、youtubeにて聴くことができます。

完成した曲自体は無意味なようにも思いますが、

なんとなく人がどんな曲を好む/嫌うのかが分かります。

 

www.youtube.com

 

(出典:コマール&メラミッドの傑作を探して 淡交社 2003年より)

 

芸術嗜好の多数決に関する問題点として、芸術が分かる人・わからない人の差について

言及したブルデューの『ディスタンクシオン』を少し読んだので、

この話にも触れたかったのですが、ダレたのでまた今度に。

 

 

 

『岡本太郎✖建築』展を見て

概要

川崎市岡本太郎美術館にて7月2日まで開催中の企画展

岡本太郎×建築』展を先日見てました。

その感想を含めて、今回の記事では赤瀬川原平磯崎新を中心に

1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博について書いています。 

 

戦後間もない大分県、ある一軒家にて隣の部屋をのぞき込む少年がいます。

彼の名は赤瀬川克彦。夜尿症がなかなか治らない気弱な少年でありました。

 視線の先には5つ年上の兄と語らう青年がおります。

彼の評判は耳にしていました。

付近の画材店を拠点にグループ「新世紀群」を創設したとか。

学業にも秀でていて学校での成績がとんでもなく良いのだとか。

赤瀬川にとっての磯崎は頭が良く、美術にも関心のある理想的な青年だったようです。 

 

腸炎の治療と伊勢湾台風を乗り越えた赤瀬川は 22歳なっていました。

先輩に呼び出され、東京で彼は前衛芸術集団ネオ・ダダの一員になり、

年一の読売アンデパンダン展(以下アンパン)に作品を出品するようになります。

更に本展を通じて知り合った高松次郎中西夏之と共にハイレッド・センターを結成。

様々な活動を行っていましたが、芸術で生計を立てるところまでは当然行きません。 

 片や一足早く上京した磯崎は東大の建築科に在籍していました。

学部を卒業した彼は、丹下健三の研究室へと進学します。

 

1964年ハイレッド・センター最後のパフォーマンスが、東京銀座で行われました。

この『首都圏清掃整理促進運動』においてメンバーは白衣に着替え、

舗道の植え込みやガードレール、タイルなどを雑巾などで清掃しました。

f:id:pyroxenehillgate:20170628040453j:plain

 当時の東京は高速道路、新幹線の整備に加えて大規模な都市改造が行われています。

理由はもちろん東京オリンピック。傍から見れば珍妙かつ執念じみた掃除を通じ、

美化されていく街に対する違和感を赤瀬川は示したのでした。

加えて同年、千円札を模した自身の作品が違法ではないかとの裁判が始まります。

オリンピック一色の世論を尻目に、法を通じた国家との対決へと向かっていくのです。

 

対して磯崎の指導教官丹下は、オリンピックにてその名を一躍有名にしていました。

メインの会場の一つ「代々木国立競技場」の設計を任されたのです。

つり橋のように渡されたワイヤーを用い、天井を上から吊るすという独創的な設計は

 数度の改修工事を経た現在でも、当時の形のまま残されています。

f:id:pyroxenehillgate:20170628040615j:plain

 

時は流れ1970年、赤瀬川は最高裁に出廷していました。

千円札裁判における最終上告の結論が、そこで発表される予定だったのです。

結果は棄却。6年に渡る裁判が有罪という形で決着しました。

 

この頃になると赤瀬川と共にアンパンに出品していた作家たちも、

ニューヨークへ渡ったり、作家活動を辞めたりと多様な道へと進んでいます。

しかし未だに強い反骨精神に満ち溢れていた一派は、

最後の抵抗として大阪万博に照準を定めていました。

 

安保闘争学生運動と共に闘ってきた彼らにとって万博はイデオロギーの塊であり、

米に追従することでベトナム戦争への加担を黙認してきた当時の日本政府を糾弾する

そんな意味でもかなりの反対運動が生まれたのです。

 

 さて丹下から独立した磯崎は大阪万博にてある作家の展示場構成を担当していました。

その作家とは「太陽の塔」をもって万博の顔となった岡本太郎です。

黒を基調とした構成は好評を博します。磯崎はこの時得た経験を活かし、

日本を代表するポストモダニズム建築家として名をはせることになります。 

f:id:pyroxenehillgate:20170628040956j:plain

↑磯崎が構成した岡本太郎の展示室

 

(かなり恣意的なまとめ方をしたので当然ですが)

模型千円札の制作をめぐって国家の法と芸術を対決させた赤瀬川と、

岡本太郎と協働でイデオロギー装置とも揶揄された万博を完成させた磯崎。

大分の「新世紀群」にて同じ位置にあった二人が、五輪と万博、二つの国家プロジェクトをめぐり異なる立場となっていったことが分かるかと思います。

 

 

 五輪と万博をめぐる表と裏の芸術表現については、記録の面で大きな差があります。

代々木国立競技場や太陽の塔は現在でも見に行くことができますが、

反博作家の作品や活動については、写真すら残っていない事例がほとんどです。

半世紀前の出来事について、現在から遡る際公的な記録映像だけを追うとあたかも

「五輪や万博は誰もがもろ手を挙げて喜んだ」そんな認識になってしまいがちです。

 

2020年に開催される東京オリンピック。芸術の分野においても今後反対運動と

率先して採用される作家との間で軋轢が生まれるのではないかと思います。

恐らく大手のマスコミ等は扱わない反対派の作家たちが何を掲げ、訴えたのか。

それを公的記録に劣らず記憶し伝えていく必要性があるのではないかと感じました。

 

 

※付記※

万博の展示で岡本太郎に磯崎を紹介したのは読売新聞社文化部の海藤日出夫でした。

彼アンパンの発起人でもあり、前衛作家たちを応援していた人物でもあります。

会社員だった海藤はある意味中立にアンパンと万博に接したと言えるかもしれません。

 

彼以外にもアンパンに巣食う前衛作家たちを擁護・評価していた評論家等の人々が、

その後万博についてどのようなスタンスを取ることとなったのか。

当時の多様な人物関係を追うことは知識不足のため出来ませんでしたが、

美術手帳のバックナンバー等を確認すると、彼らの苦悩が分かるのかもと思います。

 

○尚、磯崎と赤瀬川は仲が険悪とかではないですし、磯崎自身ネオ・ダダにかなり深入りしていたようです。今回の記事は ”まあこういう見方もできるよね” ぐらいで読んでいただけるとありがたいです。

 

 

 

 

 

 

水戸備忘録

先日行ってきた水戸のレポです。 

f:id:pyroxenehillgate:20170519225408j:plain

JRの普通電車で上野から揺られることと2時間。

水戸駅に到着したのは10時頃だったと思います。

 

 

○千波公園周辺

水戸駅から徒歩15分ほどの場所にある千波公園。

その外れに佇むのが茨城県立美術館です。

f:id:pyroxenehillgate:20170519235525j:plain

翌日から空調工事で一次閉館でしたが、運よく常設展だけ見られました。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519235654j:plain

f:id:pyroxenehillgate:20170519235700j:plain

f:id:pyroxenehillgate:20170519235704j:plain

展示作品自体は良いものが揃っていたように思いました。

ロビーにはロダンの彫刻も鎮座し、エントランスは広大

特大のガラス窓からは公園内が見渡せます。

でも…お客さんが…いない…

翌日から閉館ということで、片付けられたミュージアムショップ跡などが相まって

何とも静かな空間でした。

 

 

 

 

○市街地に佇む廃墟

公園から市街地に向かって歩いていると異様な雰囲気を放つ建物を発見。

f:id:pyroxenehillgate:20170519231211j:plain

この角度では見えないけれど、窓が開いてるんですね。

なんとか正面に回れないかと路地に入ると、そこは一目でわかる風俗街。

「いい娘いますよ~」と客引きのおじさん・お兄さんが昼間から元気。

 

そんなお兄さんのうち一人にこのツタアパートについて聞くと

「廃墟探してるんですか?なら、『お城』見て行ったらいいですよ!

と親切にも教えていただきました。

 

更に路地を進み、角を曲がると『お城』が眼前にいきなり現れます。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519231908j:plain

f:id:pyroxenehillgate:20170519231926j:plain

その名も「クイーンシャトー

1980年にオープン後数か月で潰れたとか、一晩10万円の価格設定だったとか。

様々な噂がある老舗廃墟(そんな言葉があるんですね)らしいです。

 (※古いので廃墟通の間ではかなり有名でもあるとか)

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519232019j:plain

(後ろ側もすごい)

 

直訳シャトー=城ということで「お城」の呼称にも頷けます。

内部の写真はありませんが「クイーンシャトー」で検索すると出てくるのでそちらで。

 

自分が惹かれたのはその位置関係。

風俗街ゆえに治安面は不安がある一方、距離的には水戸駅から徒歩20分ほど

地価もバカにならないはずです。なぜ買い手がつかないのか。

 

japandeep.info

調べていくと、当該地域を扱うこんなサイトが。

これまで観光地のホテルや物産店、喫茶店が廃墟した例はいくつも見てきましたが、

今後全国的に落ち目の風俗店がラインナップに加わるのかもと、感じる一区画でした。

 

 

 

 

水戸芸術館

 遠征の本命。(芸術系の人)誰に聞いても評判の良い博物館施設です。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519233603j:plain

藤森照信展を見てきました。

東北大から東大の建築科修士を出ているアカデミックな教育を受けた方ですが、

かなり独特の、不思議な形状の建物を設計する建築家です。

また路上観察学会の発起者の一人でもあります。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519234020j:plain

f:id:pyroxenehillgate:20170519234032j:plain

展示が良かったのもあるでしょうけど、客層が県立美術館とは全く違いました。

子ども連れ親子が多数来館しており、中には赤ちゃんを抱いたお母さんも。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519234402j:plain

ユーモラスな作品が多いことに加えて、

写真OK、椅子には座ってOK、茶室は入ってOKというので

観覧者の方々が非常にいい表情をしていたのが新鮮でした。

 

こちらの野菜建築なんて一見馬鹿馬鹿しく見えますが、

実際に藤森さんはこの図のバナナのように宙吊りの建築を実践しています。

加えてかつてSFに出てくる近未来都市といえばこんな姿だったことを

ふと思い出させてくれるような、新鮮且つ懐かしい雰囲気を感じました。

 

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519233016j:plain

こちら水戸芸術館のモニュメントです。

正四面体を重ねた構造をしています。これエレベーターで登れるんです!

 

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519235157j:plain

最上階の展望室、足摺海底館っぽいけどかなり綺麗。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170519235308j:plain

眼下には水戸の街並みが。

至れり尽くせりの美術館でした。

 

 

○まとめ

茨城には「東京のベッドタウンでしょ?」という謎の偏見があったんですが

活気があるのに静かで、良い雰囲気の町でした。

今回紹介したほかにも

 

水戸黄門を祀る神社

f:id:pyroxenehillgate:20170519233046j:plain

 

街中に位置する閉鎖された商店街

f:id:pyroxenehillgate:20170519233154j:plain

 

 

変な鳥と死んだ魚がいる池(千波湖)

f:id:pyroxenehillgate:20170519233259j:plain

f:id:pyroxenehillgate:20170519233310j:plain

 

など、行く先々で様々なものが見れて、歩いていて飽きないのが水戸という町でした。

今回買えなかった企画展図録を回収しに行く際、また他の場所を回ろうと思います。

 

 

 

 

美術評論のわかりにくさ

図書館で借りた江澤健一郎著のジョルジュ・バタイユ入門書にて

マネの「オランピア」が果たした役割を述べている部分がありました。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170517231037j:plain

<エドゥアール・マネオランピア』1863年 オルセー美術館蔵>

 

☆本作は当時のサロン(官展)へ出品され、非難の嵐にあった曰くつきの一作。

・従来神話をモチーフとしない主題で裸体を描くことはタブーとされてきた

・神話と関係ない裸の女性=売春婦を想起させる

・古典的な遠近法などの技法を無視(組んだ足などは従来奥を小さく描くのが普通)

・しかもマネは本作以前にも神話と関係ない裸体作品を出品していた、いわば再犯

 といった理由からだと言われています。

 

 

で、これの評論部分なんですが

 

(以下、江澤健一郎『バタイユ 呪われた思想家』河出ブックス、より引用)

バタイユにとって、マネが破壊した抽象的絵画は、否定性を無効化する体系に導入されて肯定化された否定性である。そしてマネによる主題の供犠は、その肯定化された否定性を破壊して、使い道のない否定性として剥き出しにする操作にほかならない。

 

この文に至るまでに赤字部分について

・従来の権威主義的な絵画は(例えばヴィーナスの誕生のように)

 本来存在しない、非現実的な「神話」をモチーフにしてきた

 ⇒キリスト教的なシンボルを描くことが芸術性と直結するという価値づけにより

  神話を描くことはむしろ喜ばしいことというマネ以前の『肯定された否定性』

 

青字部分について

・マネが『オランピア』で行ったのは、そうした神話を描くことへの疑問であり拒否

 宗教とは別の部分で裸体を描くことは、ポルノ的で当時の価値観から言えば芸術失格

 かつ『オランピア』は一点透視図法など従来の写実表現技法を放棄

 ⇒従来通りの技法で神話を描くこと=保証された芸術性 

  という観念を破壊し、誰にも肯定されない『使い道のない否定性』を生み出した

 

という説明はあるんですが、そのまとめがこの難解な文

「理系は事実をいかに簡略化して捉えるかに力を入れ、

 文系は事実をいかに難解にして捉えるかに力を注ぐ」

みたいなジョークを思い出します。

今回はこの呪文みたいな文言が面白かったのでつい記事にしてしまいました。

 

 

素人が音楽の話を聞いてきた

○講演会に至るまで

ロックバンド『サカナクション』のリーダーを務める山口一郎さん。

彼の講演会があったので参加してきました。

 

サカナクションは去年12月頃、ニコ動のランキングにて初めて知りました。

淫夢MADに端を発したブームは瞬く間に広がり、現在も下火ながら続いています。

グループはこの炎上騒ぎに際し、削除申請等の手続きをほとんど取らなかったようです。

 

そうした判断に首をかしげつつもPV付きでYoutubeに上がっている動画を見て、

TSUTAYAでCDを借り、携帯端末で聴いたりしてここ数か月は楽しんでおりました。

 

そんな中山口さんの講演会があるという通知を受け今回に至ります。

講演会は無料だったこともあり整理券はかなりの倍率でした。

ど新参の自分が拝聴したのは正直申し訳ないと思います。

しかしながら3時間に及ぶお話が非常に面白かったのでまとめることにしました。

 

※注意:山口さんの言葉を再出力する際にかなり変容している可能性があります。

 

 

○音楽を売るということ:PV制作

今音楽業界で最も力を入れているのがミュージックビデオなのだそうです。

なぜなら気になる楽曲を我々がネットで検索した際、真っ先に動画がヒットするから。

大体300万~500万ほどで制作されますが、かなり予算はカツカツ。

よってスタジオの撮影も一日(本当に24時間)かかって行うようです。

 

でも売れるためのロジックが厳格なCMとは違い、

ミュージックビデオはキャスティング等で自由度が高いんだとか。

今回は映像監督の田中氏が

『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』新宝島』について語ってくれました。

 

 

○制作談話(バッハ・新宝島)

 

www.youtube.com

鏡像とは異なる動きをする、4体の人形を棒で動かす、人形と人間が入れ替わる、

本作の演出には音楽界のみならず他分野の人間も驚愕したといいます。

 

この曲について田中さんに与えられたリクエストは「ダンスものがいい」

曲調と「ダンス」の不和に悩んでいる中、

たまたま見かけた”人形を棒で動かす”海外のコメディアンと、楽曲のイメージが合致。

その方向性で一気に制作したということでした。

 

 

www.youtube.com

映画「バクマン」の主題歌としてリリースされた本曲。

まんまドリフの演出とハイテンポで明るい歌詞。

サカナクションが一気にポピュラーになる発端となった一曲です。

自分もこの曲から入りました

 

丸一日使って撮影なので、山口さん最後のシーンは疲れから足がよろけて

何度も撮り直しになったとばつが悪そうに話していました。

一方ピッタリ合っているチアダンサーの皆さんは振付ユニットエアーマンの生徒。

指導が厳しいらしく最後までガッツリ踊っていたそうです。タフ!

 

 

○場を作り上げること:ライブマネージメント

2000年代前半ごろにはCDの大ヒットと言えば数百万枚が相場でした。

しかし今は20万枚いけば大健闘、CDは売れなくなってきているのだとか。

 

一方でライブへの参加者は年々増加傾向にあるようで、

サカナクションも毎回ライブには力を入れています。

 具体的には

☆会場の盛り上がり、盛り下がりを想定した「ダイナミクス」を設定

・それに合わせて照明・レーザー・LED等を使用

・同じく演奏楽曲の選曲・演奏順も吟味

・観客との間に透明な投影幕を下ろすなど、実験的な演出に挑戦

 

など様々な工夫をとくとくと語っていただきました。

繰り返していたのはライブの為に多数の技術者が必要だということ。

照明、音響、スクリーンに投射する映像作成者、楽器の運搬…

綿密な連携あってこそライブは完成するのです。

(その分100人近くが一度に移動することになって、結構赤字とも言ってましたが)

 

○美しく、難しいものを伝える 

サカナクションは既存の楽曲制作だけでなく、

法整備の進んでいないネットでのチケット転売防止

CMだけに対象を絞った15秒~30秒の楽曲作成など

(企業は街中で該当楽曲を聴いたとき商品を想起してもらえるよう

 15秒のCMであっても数分の楽曲制作をリクエストするのが主流なんだとか)

新たな取り組みを多数行おうとしています。

 

団塊ジュニアである山口さんにとって

父親たちが守ってきた風習を変えていこうという強い思いが根底にはあるようです。

 

「分かりやすく、美しいもの」が望まれている最近の映画や音楽に対して

「美しいけれど、難しいもの」をどう伝えていくかが、今後の課題であるとも話していました。

 

 

○ロックバンドの新しい夢

 

 

サカナクションは2017年9月末に幕張メッセで行われるライブにて

音感知式のLEDライトを多数使い「音楽を目で見えるようにする」計画です。

 

sp.sakanaction.jp

 

~かつてアメリカのジャズミュージックは演奏者と観衆の区別が曖昧で、

 時に麻薬を使用した観客らが踊り狂う会場、その全体で一つの音楽を形成していた。

 一方ロックミュージックは舞台という区切りを設けたことで、

 観客はミュージシャンのパフォーマンスに自身の投影し半狂乱に陥らなくなった~

みたいなことを椹木野衣が言っていたように思いますが、

 

サカナクションが目指す方向性からは ”音が見え、光が聞こえる” 

LSD的な要素がロックミュージックの現場から復活したように思いました。

 

 

「音楽を浴びるものじゃなくて、見つけるものにしたい」

山口さんの結びの言葉です。

 

今後サカナクションの歌から自分は何を見つけられるのか、

過去ヒットミュージックが大衆に「何も考えさせない」要素を持ち合わせていたことを

頭に残しつつ、生演奏の『ユリイカ』を聴いて帰ってきました。

 

 

今、大洗に行ってみて

○先入観

茶道、華道と並ぶ女子のたしなみ、それが『戦車道』

 

・女子高生×戦車という異色の取り合わせ

 ・緻密なCGモデル

・某有名TPSとのタイアップ

 

 

 

これらの影響から

 アニメ「ガールズ&パンツァー」は高い知名度を獲得するコンテンツとなり

 舞台となった茨城県大洗町萌文化を利用した地域活性化の成功例として

 全国から羨望の眼差しを向けられる存在なのだと思っていました 

 

 

 

 

実際に行ってみるまでは。。。

 

 

 

 

 

大洗に行ってみて感じたこと、思ったことをつらつらと書いていきます。

※筆者の独断と偏見に満ちている可能性があります、その旨ご承知ください。

 

 

 

○いざ大洗町

大洗町茨城県の東部、太平洋に面した港町です。

 自分の移動経路は常磐線から私鉄乗り換えで上野駅から2時間半(普通電車)ぐらい。

 水戸駅からの電車ダイヤは少なめで1時間に1本の時間帯もありました。

f:id:pyroxenehillgate:20170514220338j:plain

 

 観光業が基本の町らしく、公道寄りの海水浴場や水族館。

脇道にアンコウ料理の料亭がちらほらといった感じ。

 

 

大洗駅に着くとイルカが迎えてくれました。

f:id:pyroxenehillgate:20170514222555j:plain

 

 

○大洗の現状

f:id:pyroxenehillgate:20170514222729j:plain

駅から浜へと歩いていくと、かの有名なタワーが。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514223419p:plain

(作中ではこんな感じ)

 

 

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514223106j:plain

曇天ですが昼時だったので、隣接している道の駅風の建物「大洗まいわい市場」へ

 

すると…

 

 

 

 

 

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514222422j:plain

f:id:pyroxenehillgate:20170514223645j:plain

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514222442j:plain

テナントがこれでもかと撤退しておりました

 

  

f:id:pyroxenehillgate:20170514223723j:plain

 

店舗一覧で確認すると全体の半数近くが撤退済みのようです。

 

 

本施設「大洗リゾートアウトレット」は公式サイトによれば2006年に設立。

(逆にいえば10年はもったということになります)

 

 

ガルパンのグッズ店も入っていましたが、今年3月頃に一悶着あり現在は移転。

maiwai.exblog.jp

 

トイレやエレベーターなど基礎的な設備も一部使えなくなっている状況でした。

 

 

 

 

ガルパン熱はいつまで?

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514222516j:plain

大洗駅の階段広告にこのようなものがありました。

11月21日とは劇場公開のあった2015年のことです

ここだけ時間が止まっているようでした。 

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514225803j:plain

現在制作が進んでいるガルパン最終章。

おそらく公開の暁には大洗には莫大な金が落ちるでしょう。

しかしその後この場所にはどんな広告が置かれるのでしょうか。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514222507j:plain

 

大洗駅から徒歩5分の場所です。

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514222511j:plain

 

同じく徒歩3分。

アニメはともかく、現実の大洗は決して人のあふれる地域ではありませんでした。

駅には移住促進のため空き家の登録を進めるチラシもありました。

 

 

 

ガルパンを恒久的に使用可能な観光資源にするためには

聖地巡礼の形を続けるだけでは不十分でしょう。

 

アニメを利用した町おこしとしては(私が見てきただけでも)

アンパンマンの造形物を町中にこれでもかと配置した高知県

同じくコナンの造形物を多数設置した鳥取など前例はあるように思います。

 

しかしそれはあくまで龍馬や砂丘に対する副次的要素であり

メインには成り得ないのかもしれません。

 

 

ガルパンのみを追いかけているファンがどの程度存在するのかは分かりませんが

シーズンごとに覇権と嫁が変動する深夜帯での放送だったというのも

ムーブがどの程度続くのか見定めづらい要素でしょう。

 

 あるいは、やなせたかしを担ぐ高知、あるいは青山剛昌を担ぐ鳥取

同様にフミカネを担ぐ大洗という図式が可能なのかも

 

大洗町の観光方針もまさしく「最終章」を迎えつつあるのかもしれません。

 

 

 

最後に

 

 

f:id:pyroxenehillgate:20170514230542j:plain

 

ローズヒップティーはおいしくいただきました。