ソ連出身作家が描く「民主主義の絵」
突然ですがこの絵をみてください。
何とも奇妙な絵ですね。
一見すると曼荼羅のように見えますが、宗教的な要素がほとんど見られません。
背景は不均質に塗られた紫色が覆い、枠の一部にはアフリカ的な文様が見られます。
中央にいる人物は平安風/写実風な2つの顔を持ち、
武骨な腕がヴァイオリンを真っ二つにしたようなオブジェを貫通しています。
さらに駄菓子のようなものを握りこちらに歩いてくる様子。
暗い場所で子どもが見たら泣き出しそうです。
ではもう一枚。こちらはどうでしょうか。
水面を思わせる水色の下地に蔦やハスの葉が描かれています。
少し絵画に詳しければ、
クロード・モネの連作「睡蓮」に似ていると感じるかもしれません。
でもよく見ると逆さまになった子供たちが、薄水色で描かれているのがわかります。
右下から動物を思わせる顔がじっとこちらを見ていることにも気が付くでしょう。
この二枚の絵はロシア出身でニューヨークで活動している芸術家、
「コマール&メラミッド」によって2003年に描かれました。
それぞれ、
「MOST UNWANTED PAINTING」、「MOST WANTED PAINTING」
という題がついています。
「最も好まれない絵」「最も好まれる絵」とはどういうことか。
芸術において最高のものを目指すとなるとイデア論に飛躍しそうですが、
彼らはもっと現実的な手段を取りました。
二人は大衆が参加する多数決によって絵画のあらゆる要素を決定する、つまり
アンケート調査でテーマ性や使用する色、描くモチーフなどを選び、
その結果誰もが好む絵画を生み出そうと試みたのです。
そして完成したのが最初に上げた二点の絵です。
あれらは2003年、日本でのアンケート調査の元抽出した要素を集めて二人が描いた
「最も好まれない絵」と「最も好まれる絵」だったのです。
※曰く"好まれる絵"には、人気であった
「モネの絵」「青色・緑色」「やわらかい曲線」「ふぞろいな模様」「淡い色合い」
「すっきりした絵」「子どもたち」「人に飼われた動物」「いわさきひちろ(作家)」
などの要素を総合して描かれているようです。
一方"好まれない絵"には、不人気だった
「宗教的な要素」「有名人の顔」「ピカソ」「キュビズム様式」「アフリカ美術」
そして色「金・えび茶・青緑・藤色」がコラージュされ完成したようです。
ですが自分の個人的な感想からすると、
前者はともかく後者が好きな絵とは言いづらく、「モネまがい」にしかみえません。
皆さんはどうだったでしょうか。
このシリーズは日本以外でも行われており、
例えば欧州諸国は、WANTED:水面に人々と木 UNWANTED:抽象画
というかなり似たタイプの絵に仕上がっていました。
比較すると日本は両者共にかなり異色であり、そこが面白いところでもあります。
また全体の総意が最高の選択にはならないという、
民主主義の欠点を突きつける作品でもあります。
絵画への出力という最終的な判断を個人的な「二人の作家」が行っているという点も、
代議制民主主義を反映した皮肉と見て取れるでしょう。
ヴィタリー・コマールとアレクサンドル・メラミッドはモスクワに生まれ
美術教育を通じて社会主義リアリズムの技術を叩きこまれた後、
アメリカのポップアートに触発され、新たな作風を目指したアーティストです。
彼らはプロパガンダ芸術を揶揄した「ソッツ・アート」の旗手となり、
祖国での公的作品出品会を追放され、アパートでの展示を行っていました。
アメリカでマスプロダクトの揶揄として生まれたキャンベルのスープ缶を
物資不足のソ連にはスープ缶の”広告しかない”、とボロボロのスープ缶広告を制作
或いは
一人の人間でありながら大衆の憧れの的・記号と化したマリリン・モンローも
といった具合で過激且つ広範な分野の作品を生み出してきたようです。
「MOST WANTED ○○」シリーズはその一環として生み出されました。
(なおこの発想は二人が幼少期の頃活躍していた絵本作家、セルゲイ・マハルコフが手掛けた作品をモチーフにしたものでもあります。この作品の中で主人公はすべての動物から要望を聞き誰もが好む絵を描こうとしますが、完成した絵は誰からも振り向かれないというオチです)
”SONG”も制作されており、youtubeにて聴くことができます。
完成した曲自体は無意味なようにも思いますが、
なんとなく人がどんな曲を好む/嫌うのかが分かります。
(出典:コマール&メラミッドの傑作を探して 淡交社 2003年より)
芸術嗜好の多数決に関する問題点として、芸術が分かる人・わからない人の差について
言及したブルデューの『ディスタンクシオン』を少し読んだので、
この話にも触れたかったのですが、ダレたのでまた今度に。